お茶といえば、静岡や宇治がポピュラーな産地として思い浮かびますが、実は、知る人ぞ知る、お茶の名産地が奈良県にもあるのです。
奈良市内から北東へ車で走ること一時間ほど、山岳地帯の大和高原に位置する月ヶ瀬は、大和茶の名産地です。
秋から春までの茶樹の休眠期間(冬)が長く、新茶(一番茶)の収穫時期が世界で最も遅い茶産地のひとつです。また、日照時間が短く朝夕の気温差が大きいことも加わって、茶の木が「ゆっくり」「小さく」「力強く」育つのだそうです。月ヶ瀬の地で、土地の特徴を活かしたお茶づくりに取り組んでいるのが、月ヶ瀬健康茶園の岩田文明さん。明治時代から代々つづく農家としては17代目、茶農家としては5代目にあたります。
自然栽培を始めて11年、いろいろなことがありました
月ヶ瀬健康茶園では、1984年から有機栽培によるお茶づくりをしてきました。そして、2011年には、新たに自然栽培にも取り組み始めました。
自然栽培を始めた当時、「農薬や化学肥料、除草剤などを一切使わないことが大切だ」という気持ちで有機栽培でのお茶づくりをしていた、と岩田さん。それは、化学合成されたものを使うことが環境やひとの身体に良くないという想いがあったからなのだそう。
そんななか、数年が経過した頃、枝から葉が落ちてしまうなど茶樹がうまく育たなくなる現象が、いくつかの茶園で起こりました。
これまでは肥料の力で茶樹が育っていたけど、自然栽培に切り替えたことで、茶樹が生育している環境に敏感に反応できるようになったのでは、と考えた岩田さん。茶の木は、本来、植物として自分の生命力で育つことができる力を持っているもの。どのような働きかけをすれば、茶の木が本来の力で、茶の木らしく育ち続けることができるのか。山間に点在する茶園の特徴を見ながら、修整と観察を重ねました。
昔は薪や炭などに活用するために伐採されていたクヌギが、近年は利用価値から伐られず大木になり、それが陽当たりと風通しを悪くしていたことや、茶園内に作業道を作ったことで、部分的に地下水の動きが滞り、根の呼吸が困難な状態になっていたことも。「ちょっとしたこと」と思いがちだったことに対しても、一株一株の茶樹は、その地点に素直に反応しながら育っていたのです。
単純に化学肥料が健康に良くないということではなく、その土地本来の特徴を活かして茶樹を育てることが、月ヶ瀬ならではのお茶の美味しさにつながるということに気づいたのだそうです。そして、有機栽培をしていた茶園でも、近隣で育った草木を茶園に還しながら、自然本来の力を活かした栽培方法に切り替えました。
「自然栽培=自然に委ねる」だけじゃない
近年は、豪雨や酷暑など、例年通りの気候とはならないことが頻繁に起こるようになりました。そのようなときにも、乗り越えたり、逆に活かすことができるのが自然栽培だと岩田さんは考えます。
たとえば、干ばつがつづいて順調に育つことができなかった茶樹から収穫した茶葉は、マスカットのような香りがすることがあるのだそう。これは、茶樹がストレスを受けたことで、その防御反応によって特徴的な香りを出すからなのだとか。環境に適応して育つ茶樹は、気象の変化にも大きくブレることなく、さらに適応しようとします。
「自然栽培は、ひとが茶樹の生育を管理して作りたいお茶を作ろうと栽培するのではなくて、実際に起こったことを受け入れて、それを素直に活かそうとする栽培方法だと思います。」
「こうでないといけない」というお茶を作ろうとするのではなくて、その年の気候で育ったお茶の美味しさを届けることを意識して、お茶づくりに取り組んでいます。一方で、すべてを自然に委ねて管理をしないことが自然栽培ではない、という想いも。それは、茶山を放置すると次第に森へと還っていくからです。そこが「野生」と「自然栽培」とは異なる大切なところ。必要最低限の意識した管理が継続されてこそ、茶山の自然のリズムがつづいていく。「お茶づくりは、土づくり」。それが、その風土、いわゆるテロワールを感じるお茶づくりなのかもしれません。
それぞれの栽培基準について
月ヶ瀬健康茶園のお茶には、「自然栽培茶」「有機栽培茶」「つづける茶山」の3つのシリーズがあります。自然のリズムを大切にしたお茶づくりは3つすべてに共通していますが、それぞれの栽培基準や役割は少しずつ異なります(現在BEKKANでは、「自然栽培茶」と「つづける茶山」の2種類をお取り扱いしています)。
●「自然栽培」
月ヶ瀬に点在する茶山で茶樹が自らの生命力で育ち、テロワールによる特徴をより表現できるように意識した茶園管理。自然栽培では肥料は何も加えていません。
投入資材 |
・無肥料栽培であること |
茶園環境 |
茶山 |
茶園管理 |
・奈良・月ヶ瀬の自然のリズムで茶樹が育っている状態になっていること |
●「有機栽培」
月ヶ瀬の自然のリズムで茶樹が育つことを意識した栽培をしながら、区画整備された茶畑を活かして、安定した生産も。
投入資材 |
・地域に育つ草木 |
茶園環境 |
有機栽培を永年継続してきた茶園(茶山、茶畑)であること |
茶園管理 |
奈良・月ヶ瀬の自然のリズムで茶樹が育つことを意識した栽培をすること |
●「つづける茶山」
近年、地域では農作業が困難な昔ながらの傾斜地の「茶山」の荒廃が進んでいます。「茶山」は、茶を生産するだけの場所でなく、昔から自然と人間が共存する場所。2010年頃から、余力のある限り耕作放棄された茶園の再生や継続に取り組みつづけています。
投入資材 |
・無肥料栽培であること |
茶園環境 |
再生・継続してから一定期間経過し、自然のリズムで茶樹が育ち始めている茶山であること |
茶園管理 |
自然栽培茶への転換を意識した栽培であること |
おいしい水を飲むように、すっと体に馴染んでいくような、何杯でも飲みたくなるおいしさ。月ヶ瀬健康茶園さんのお茶は、こうして長い年月をかけて「お茶がお茶らしく」育つようにたくさんの研究を重ねてできあがっています。
月ヶ瀬の土地で育った、その年ならではのお茶の味わいをお楽しみください。